· 1100 AD · Nishapur

ルバイヤート

رباعیات

解題

オマル・ハイヤーム(1048–1131)は、その生きた世紀においては詩人として 名高かったわけではない。当時のペルシアで第一の数学者にして天文学者―― 三次方程式を分類し解いた幾何学者であり、マリク・シャーの命を受けて イスファハーンで暦の改革にあたった天文学者である。四行詩は彼の名のもとに のちの時代を旅し、道すがら数を増やしていった。生前に編まれた詩集はひとつ も残っておらず、最初期の帰属さえ没後数十年を経てから始まる。大部の写本 詞華集が編纂されるころには、何百という出どころの定かでない四行詩―― あるものは名の知れた詩人の作、多くは詠み人知らず――が、すでに彼の名声の 引力圏に引き込まれていた。それゆえ『ルバイヤート』のいかなる校訂版も、 ひとつの編者の判断である。本訳はモハンマド・アリー・フォルーギーと ガーセム・ガニーの選集(テヘラン、1942年)に拠る。声の一貫性と伝承の 古さによって篩にかけられた178篇、現代の標準的な批判的精選であり、 番号付けも同版に従う。ある四行詩が他の詩人の名のもとにも流布している 場合、その旨は注記が伝える――疑いは記録に属し、読者に対して負うべき ものだからである。

ルバーイーそのものは、ペルシア詩のなかでもっとも凝縮された論証の形式で ある。四つの半句――最初の二句が場面または前提を据え、第三句が転じ、 第四句が詩全体の重みを一撃で落とす。ハイヤームの四行詩は小さな論証で あり、その論証ぶりは彼がまさにそうであった幾何学者のそれである―― 天から戻って報せた者は誰もいないのだから、天輪は賢者も愚者も ひとしく挽き砕くのだから、おまえの足もとの泥はかつて誰かの顔 だったのだから、ゆえにいま杯を満たせ。用いる材料は少なく、 どれも手ざわりのあるものばかりである。壺、陶工、チューリップ、墓の上の 青い草、われらを見いだせなくなってもなお照りつづける月。それらをもって 彼は、苦みなき懐疑と、狂騒なき快楽主義の詩群を築いた――天を測り終えて、 いま吸うこの一息こそ持つに値する唯一の財だと結論した人間の声である。

英語圏の読者は1859年以来、この詩をほとんどエドワード・フィッツジェラルド を通してのみ知ってきた――そしてフィッツジェラルド自身が朗らかに認める とおり、彼がしていたのは翻訳ではない。四行詩を融合し、新たに創作し、 全体を彼自身の発明である一日の物語の枠に嵌め込み、ヴィクトリア朝の音楽 をまとわせた――それこそが彼の真の、そして不朽の功績である。「一壺の酒、 一塊のパン――そして君」も「動く指は書く」もフィッツジェラルドのもの であり、ハイヤームが書いたものはもっと簡潔で、もっと奇妙で、もっと直截 である。本書はもうひとつの契約に立つ。各四行詩をペルシア語から忠実に、 半句ごとに日本語の一行をあて、フォルーギー=ガニー版の順序のまま、原文 を対照に置いて訳す。意味を犠牲にして韻を押しつけることはしない。 フィッツジェラルドの名高い詩行が真正の原詩に影を落としているところでは、 注がその往き来を指し示し、ペルシア語が何を言い、ヴィクトリア朝人がそれを 何に変えたかを読者自身が見られるようにした。この機知も、冷たさも、 優しさも、ハイヤーム自身のものである――手を加える必要はない。

立てよ、わが偶像――来たれ、われらの心のために。
おまえ自身の美しさで、われらの難問を解いてくれ。
壺ひとつの酒を、共に酌み交わそう――
われらの泥から壺が造られる、その前に。
برخیز بتا بیا ز بهر دل ما
حل کن به جمال خویشتن مشکل ما
یک کوزه شراب تا به هم نوش کنیم
زآن پیش که کوزه‌ها کنند از گل ما
明日を請け合う者は誰もいないのだから、
今のうちに、この物思いに沈む心を楽しませてやれ。
月の光で酒を飲め、月のような人よ――月は
この先も長く照りながら、われらを見いだすことはないのだから。
چون عهده نمی‌شود کسی فردا را
حالی خوش دار این دل پرسودا را
می نوش به ماهتاب ای ماه که ماه
بسیار بتابد و نیابد ما را
至高の言葉と呼ばれるクルアーンでさえ、
人はときおり読むだけで、絶えず読みはしない。
だが盃のふちには、ひとつの章句が常に宿っていて、
どこででも、絶えず読まれている。
قرآن که مهین کلام خوانند آن را
گهگاه نه بر دوام خوانند آن را
بر گرد پیاله آیتی هست مقیم
کاندر همه جا مدام خوانند آن را
酒を飲まぬなら、酔う者を嘲るな。
詭計と策略の上に、おのれの土台を据えるな。
酒を飲まぬことを鼻にかけるな――
酒などその僕にすぎぬ一口を、おまえは百も呑み込んでいるのだ。
گر می نخوری طعنه مزن مستان را
بنیاد مکن تو حیله و دستان را
تو غره بدان مشو که می می‌نخوری
صد لقمه خوری که می غلام است آن را
たとえ色も香りも、わたしには美しく具わり――
頬はチューリップ、丈は糸杉さながらであっても、
ついに明かされはしなかった――この土の歓楽の館で、
太初の絵師が何のためにわたしを飾り立てたのかは。
هر چند که رنگ و بوی زیباست مرا
چون لاله رخ و چو سرو بالاست مرا
معلوم نشد که در طربخانۀ خاک
نقاش ازل بهر چه آراست مرا
われらと、酒と、楽人と、この荒れ果てた片隅と――
魂も心も杯も衣も、酒の澱に浸りきって、
慈悲の望みからも責め苦の怖れからも放たれ、
土と風と、火と水から自由の身だ。
ماییم و می و مطرب و این کنج خراب
جان و دل و جام و جامه پر درد شراب
فارغ ز امید رحمت و بیم عذاب
آزاد ز خاک و باد و از آتش و آب
ジャムシードが杯を上げたあの宮殿――
いまは鹿が子を産み、狐が安らかに臥している。
生涯、野驢馬を捕らえて暮らしたバフラーム――
墓がバフラームを捕らえたさまを、見たか。
آن قصر که جمشید در او جام گرفت
آهو بچه کرد و روبه آرام گرفت
بهرام که گور می‌گرفتی همه عمر
دیدی که چگونه گور بهرام گرفت
雲が来て、また緑の上に涙をこぼした。
薔薇色の酒なしに、生きるべきではない。
今日われらの眺めの場であるこの緑――
われらの土から生える緑は、誰の眺めの場になるのか。
ابر آمد و باز بر سر سبزه گریست
بی بادهٔ گلرنگ نمی‌باید زیست
این سبزه که امروز تماشاگه ماست
تا سبزهٔ خاک ما تماشاگه کیست
いま、おまえの幸運の薔薇が花の盛りだというのに、
なぜおまえの手は酒の杯も持たずに遊んでいるのか。
酒を飲め――時は裏切りを常とする敵、
このような日には、二度とめぐり会いがたい。
اکنون که گل سعادتت پربار است
دست تو ز جام می چرا بیکار است
می خور که زمانه دشمنی غدار است
دریافتن روز چنین دشوار است
今日のおまえに、明日への手づるはない。
明日を思いわずらうのは、暗い妄想にすぎない。
心が狂っていないなら、この一息を無駄にするな――
残りの命に、値段はついていないのだから。
امروز تو را دسترس فردا نیست
واندیشهٔ فردات به جز سودا نیست
ضایع مکن این دم ار دلت شیدا نیست
کاین باقی عمر را بها پیدا نیست
おお、霊の世界から急ぎ足でやって来て、
五と四、六と七に惑わされている者よ。
酒を飲め――どこから来たのか、おまえは知らない。
楽しくあれ――どこへ行くのか、おまえは知らないのだから。
ای آمده از عالم روحانی تفت
حیران شده در پنج و چهار و شش و هفت
می نوش ندانی ز کجا آمده‌ای
خوش باش ندانی به کجا خواهی رفت
おお天輪よ、荒廃はおまえの怨みから来る。
無道は、おまえの昔ながらの流儀だ。
そして大地よ、おまえの胸を裂き開いたなら、
その胸には、なんと多くの宝石が眠っていることか。
ای چرخ فلک خرابی از کینهٔ توست
بیدادگری شیوهٔ دیرینهٔ توست
ای خاک اگر سینه تو بشکافند
بس گوهر قیمتی که در سینهٔ توست
心よ、時はおまえを悲しませるのだから、
清らかな魂は、不意に体から去ってゆくのだから、
緑の上に座り、残りの幾日かを楽しく生きよ――
おまえの土から緑が萌え出る、その前に。
ای دل چو زمانه می‌کند غمناکت
ناگه برود ز تن روان پاکت
بر سبزه نشین و خوش بزی روزی چند
زآن پیش که سبزه بر دمد از خاکت
この存在の海は、隠れたところから現れ出た。
その真理の真珠に穴をうがった者は、ひとりもいない。
誰もが思いつきから、めいめいの言葉を語ったが――
あるがままの顔を、語りえた者はいない。
این بحر وجود آمده بیرون ز نهفت
کس نیست که این گوهر تحقیق بسفت
هر کس سخنی از سر سودا گفتند
زآن روی که هست کس نمی‌داند گفت
この壺も、かつてはわたしのように嘆く恋人で、
美しい人の巻き毛のとりこだった。
その首のところに見えるこの取っ手は、
かつて恋人の首に回されていた手だ。
این کوزه چو من عاشق زاری بوده‌ست
در بند سر زلف نگاری بوده‌ست
این دسته که بر گردن او می‌بینی
دستی‌ست که بر گردن یاری بوده‌ست
日雇い人の水呑みであるこの壺は、
王の眼と、宰相の心から造られている。
二日酔いの手のひらに載るどの酒の碗も、
酔漢の頬と、面を隠した乙女の唇から造られている。
این کوزه که آبخوارهٔ مزدوری‌ست
از دیدهٔ شاهی و دل دستوری‌ست
هر کاسهٔ می که بر کف مخموری‌ست
از عارض مستی و لب مستوری‌ست
世界という名のこの古びた隊商宿、
朝と夕という斑の駿馬の厩――
それは百人のジャムシードが残していった宴の席、
百人のバフラームが身を横たえた宮殿だ。
این کهنه رباط را که عالم نام است
وآرامگه ابلق صبح و شام است
بزمی‌ست که واماندۀ صد جمشید است
قصری‌ست که تکیه‌گاه صد بهرام است
一日、二日、三日と、命の順番は過ぎていった――
川床をくだる水のように、野を渡る風のように。
ふたつの日の悲しみだけは、ついぞ心をかすめなかった――
まだ来ていない日と、すでに過ぎ去った日と。
این یک دو سه روز نوبت عمر گذشت
چون آب به جویبار و چون باد به دشت
هرگز غم دو روز مرا یاد نگشت
روزی که نیامده‌ست و روزی که گذشت
薔薇の面を渡るノウルーズのそよ風は快い。
庭の芝生の上、心をともす顔は快い。
過ぎ去った昨日について語ることは、何ひとつ快くない――
楽しくあれ、昨日を語るな。今日が快いのだから。
بر چهرۀ گل نسیم نوروز خوش است
در صحن چمن روی دل‌افروز خوش است
از دی که گذشت هر چه گویی خوش نیست
خوش باش و ز دی مگو که امروز خوش است
おまえとわたしの前にも、夜と昼はあった。
めぐる天も、すでにその仕事に就いていた。
大地の面でおまえが足を置くところ、そのどこもが、
かつては美しい人の眸だった。
پیش از من و تو لیل و نهاری بوده‌ست
گردنده فلک نیز بکاری بوده است
هرجا که قدم نهی تو بر روی زمین
آن مردمک چشم نگاری بوده‌ست
いつまで海の面に煉瓦を積めばよいのか。
異教の堂の偶像崇拝者どもには、もううんざりした。
ハイヤームよ――地獄があるなどと、誰が言った。
誰が地獄へ行き、誰が天国から帰ってきたというのか。
تا چند زنم به روی دریاها خشت
بیزار شدم ز بت‌پرستان کنشت
خیام ، که گفت دوزخی خواهد بود
که رفت به دوزخ و که آمد ز بهشت
ひとつに継ぎ合わされた盃のかたち――
それを砕くことは、酔うた者でさえ良しとしない。
それなのに、これほど多くの愛しい頭と足、手と手首は――
誰の愛が継ぎ合わせ、誰の憎しみが砕いたのか。
ترکیب پیاله‌ای که در هم پیوست
بشکستن آن روا نمی‌دارد مست
چندین سر و پای نازنین از سر و دست
از مهر که پیوست و به کین که شکست
四大の調合がおまえのものであるのは一息のあいだなのだから、
行け、楽しく生きよ――たとえ時がおまえに無体を働こうとも。
分別ある者たちと共にいよ。おまえの体のもとは、
ひとつまみの塵と、そよ風と、霞と、息なのだから。
ترکیب طبایع چو به کام تو دمی‌ست
رو شاد بزی اگرچه بر تو ستمی‌ست
با اهل خرد باش که اصل تن تو
گردی و نسیمی و غباری و دمی‌ست
ノウルーズの雲がチューリップの面を洗ったいま、
立ち上がり、酒の杯へとまっすぐ心を定めよ。
今日おまえの眺めの場であるこの緑は、
明日には、すべておまえの土から萌え出るのだから。
چون ابر به نوروز رخ لاله بشست
برخیز و به جام باده کن عزم درست
کاین سبزه که امروز تماشاگه توست
فردا همه از خاک تو برخواهد رست
酔うた夜鶯が園への道を見つけ、
薔薇の顔と酒の杯が笑っているのを見たとき、
もの言わぬものの言葉で、わたしの耳もとに来て言った――
「つかめ。過ぎ去った命は、二度と見つからないのだ。」
چون بلبل مست راه در بستان یافت
روی گل و جام باده را خندان یافت
آمد به زبان حال در گوشم گفت
دریاب که عمر رفته را نتوان یافت
天輪はただ一人の賢者の望みどおりにも回らなかったのだから、
天を七つと数えようが、八つと数えようが、好きにせよ。
死なねばならず、望みはすべて手放さねばならないのだから、
墓で蟻に食われようと、野で狼に食われようと、何の違いがある。
چون چرخ به کام یک خردمند نگشت
خواهی تو فلک هفت شمر خواهی هشت
چون باید مرد و آرزوها همه هشت
چه مور خورد به گور و چه گرگ به دشت
ノウルーズには、チューリップのように酒盃を手に取れ。
折さえあるなら、チューリップの頬の人と共に。
朗らかに酒を飲め――この古びた天の車は、
不意におまえを土のように低くひれ伏させるのだから。
چون لاله به نوروز قدح گیر به دست
با لاله‌رخی اگر تو را فرصت هست
می نوش به خرمی که این چرخ کهن
ناگاه تو را چو خاک گرداند پست
真理も確信も、この手の中にはないのだから、
疑わしい望みにすがって、一生を座して過ごすことはできない。
心せよ――酒の杯を手のひらから離すな。
何も知らぬ身は、素面でも酔うていても同じなのだ。
چون نیست حقیقت و یقین اندر دست
نتوان به امید شک همه عمر نشست
هان تا ننهیم جام می از کف دست
در بی‌خبری مرد چه هشیار و چه مست
あるものすべてから得られるのは手の中の風だけなのだから、
あるものすべてに、欠けと毀れがあるのだから、
思え――世にあるものはすべて、無いのだと。
観ぜよ――世に無いものはすべて、有るのだと。
چون نیست ز هرچه هست جز باد به دست
چون هست به هرچه هست نقصان و شکست
انگار که هرچه هست در عالم نیست
پندار که هرچه نیست در عالم هست
どこかの無知な足に踏まれている土は、
偶像とも見える人の手のひら、愛しい人の面だ。
宮殿の胸壁に積まれたどの煉瓦も、
宰相の指か、スルタンの頭だ。
خاکی که به زیر پای هر نادانی‌ست
کفّ صنمیّ و چهرهٔ جانانی‌ست
هر خشت که بر کنگرهٔ ایوانی‌ست
انگشت وزیر یا سر سلطانی‌ست
保つ者みずから四大の調合をととのえたのなら、
なぜそれを欠乏と衰えの中へ投げ落としたのか。
できばえが良かったのなら、砕いたのは何のためか。
できばえが悪かったのなら――この形の咎は、誰のものか。
دارنده چو ترکیب طبایع آراست
از بهر چه اوفکندش اندر کم و کاست
گر نیک آمد شکستن از بهر چه بود
ور نیک نیامد این صور عیب که راست
秘密の帳の内へは、誰にも道がない。
この仕掛けに通じている魂は、ひとつもない。
土の懐のほかに、宿りはどこにもない。
酒を飲め――この種の物語は、短くは終わらないのだから。
در پردۀ اسرار کسی را ره نیست
زین تعبیه جان هیچ‌کس آگه نیست
جز در دل خاک هیچ منزلگه نیست
می خور که چنین فسانه‌ها کوته نیست
眠っていると、分別ある者がわたしに言った――
「眠りから、喜びの薔薇が咲いた者はいない。
なぜ死と対をなすものに身をゆだねるのか。
酒を飲め――土の下では、いやでも眠らねばならないのだから。」
در خواب بدم مرا خردمندی گفت
کز خواب کسی را گل شادی نشکفت
کاری چه کنی که با اجل باشد جفت؟
می خور که به زیر خاک می‌باید خفت
われらが来ては去ってゆくこの円環には、
始まりも、終わりも見えはしない。
この意味について、まことを一息でも語りえた者はいない――
この来るのはどこからで、この去るのはどこへなのか。
در دایره‌ای که آمد و رفتن ماست
او را نه بدایت نه نهایت پیداست
کس می‌نزند دمی در این معنی راست
کاین آمدن از کجا و رفتن به کجاست
春の季節、フーリーの血をひく偶像のような人が、
緑の畑のほとりで大杯の酒を一杯わたしにくれるなら――
世間の目にはどれほど見苦しかろうと、
それでも天国の名を口にするようなら、わたしは犬にも劣る。
در فصل بهار اگر بتی حور سرشت
یک ساغر می دهد مرا بر لب کشت
هر چند به نزد عامه این باشد زشت
سگ به ز من است اگر برم نام بهشت
悟れ――おまえは魂と引き離されて行くのだ。
消滅の秘密の帳の内へと行くのだ。
酒を飲め――どこから来たのか、おまえは知らない。
楽しくあれ――どこへ行くのか、おまえは知らないのだから。
دریاب که از روح جدا خواهی رفت
در پردۀ اسرار فنا خواهی رفت
می نوش ندانی از کجا آمده‌ای
خوش باش ندانی به کجا خواهی رفت
酌人よ、薔薇と緑はいま歓びの盛りにある。
心せよ――次の週には、土になっている。
酒を飲み、薔薇を摘め。見つめているうちにも、
薔薇は土になり、緑は枯れ草になっているのだから。
ساقی گل و سبزه بس طربناک شده‌ست
دریاب که هفته دگر خاک شده‌ست
می نوش و گلی بچین که تا درنگری
گل خاک شده‌ست و سبزه خاشاک شده‌ست
わたしの一生は暗く、仕事はまっすぐに運ばない。
苦労ばかりが増え、安らぎは欠けて衰えるばかり。
神に感謝しよう――災いの種となるものだけは、
誰か他人に乞わずとも、こと欠かないのだから。
عمری‌ست مرا تیره و کاری‌ست نه راست
محنت همه افزوده و راحت کم و کاست
شکر ایزد را که آنچه اسباب بلاست
ما را ز کس دگر نمی‌باید خواست
薔薇の季節、小川のほとり、緑の畑のふち、
気の合う二、三人と、フーリーの血をひく人形のような人と。
酒盃を出せ――暁の酒を飲む者たちは、
モスクからは安らぎ、異教の堂からは放たれているのだから。
فصل گل و طرف جویبار و لب کشت
با یک دو سه اهل و لعبتی حورسرشت
پیش آر قدح که باده‌نوشان صبوح
آسوده ز مسجدند و فارغ ز کنشت
永らえの枝がおまえの運の根から生え出ていようと、
命がおまえの体にぴったり合う衣であろうと、
体という天幕は、貸し与えられた日除けにすぎない――
心せよ、寄りかかるな。その四本の杭は緩んでいる。
گر شاخ بقا ز بیخ بختت رستست
ور بر تن تو عمر لباسی چستست
در خیمه تن که سایبانی‌ست ترا
هان تکیه مکن که چارمیخش سستست
人は言う、フーリーのいる天国は快いと。
わたしは言う、葡萄の汁こそ快いと。
この現金を取れ、あの掛け売りからは手を引け――
太鼓の音は、遠くから聞くからこそ快いのだ。
گویند کسان بهشت با حور خوش است
من می‌گویم که آب انگور خوش است
این نقد بگیر و دست از آن نسیه بدار
کآواز دهل شنیدن از دور خوش است
人はわたしに言う、酔う者は地獄行きだと。
それは争いのある説で、心を預けられるものではない。
もし恋する者と酒飲みが地獄に堕ちるのなら、
明日には見るだろう、手のひらのようにがらんどうの天国を。
گویند مرا که دوزخی باشد مست
قولی‌ست خلاف ، دل در آن نتوان بست
گر عاشق و میخواره به دوزخ باشند
فردا بینی بهشت همچون کف دست
わたしには皆目わからない――わたしを捏ねたあの方が、
わたしを天国の民に造ったのか、おぞましい地獄の民に造ったのか。
杯と、偶像のような人と、リュートと、緑の畑のふち――
この三つはわたしへの現金、天国はおまえへの掛け売りだ。
من هیچ ندانم که مرا آن‌که سرشت
از اهل بهشت کرد یا دوزخ زشت
جامی و بتی و بربطی بر لب کشت
این هرسه مرا نقد و تو را نسیه بهشت
月の光が、その光で夜の裾を切り裂いた。
酒を飲め――これに優るひとときは見つからない。
楽しくあれ、思いわずらうな。月の光はこの先いくらでも、
われらの頭の上の土を、一人また一人と照らすのだから。
مهتاب به نور دامن شب بشکافت
می نوش دمی بهتر از این نتوان یافت
خوش باش و میندیش که مهتاب بسی
اندر سر خاک یک به یک خواهد تافت
酒を飲み、楽しくあること、それがわたしの作法。
不信からも信仰からも放たれていること、それがわたしの宗旨。
世界という花嫁に尋ねた、「おまえの婚資は何か」。
答えて言う、「あなたの晴れやかな心が、わたしの婚資」。
می خوردن و شاد بودن آیین من است
فارغ بودن ز کفر و دین دین من است
گفتم به عروس دهر کابین تو چیست
گفتا دل خرم تو کابین من است
酒は溶けた紅玉、徳利はその鉱脈。
盃は体であり、その酒は魂。
酒に笑っているあの水晶の杯は、
心の血を内に隠した、ひとしずくの涙だ。
می لعل مذاب است و صراحی کان است
جسم است پیاله و شرابش جان است
آن جام بلورین که ز می خندان است
اشکی است که خون دل در او پنهان است
酒を飲め――永遠の命とは、これのことだ。
若さの季節からおまえが得るものも、これがすべてだ。
薔薇の時、酒の時、酔いしれた仲間たちの時――
一息のあいだ楽しくあれ。命とは、これのことなのだから。
می نوش که عمر جاودانی این است
خود حاصلت از دور جوانی این است
هنگام گل و باده و یاران سرمست
خوش باش دمی که زندگانی این است
人の性にひそむ善と悪、
天命と定めにひそむ喜びと悲しみ――
それを天輪につけ回すな。理性の道をゆけば、
天輪はおまえより千倍も無力なのだから。
نیکی و بدی که در نهاد بشر است
شادی و غمی که در قضا و قدر است
با چرخ مکن حواله کاندر ره عقل
چرخ از تو هزار بار بیچاره‌تر است
チューリップの咲き乱れる野はどこであれ、
その赤さは、かつて王の血だった。
大地から伸びるどの菫の茎も、
かつて美しい人の頬にあった黒子だ。
در هر دشتی که لاله‌زاری بوده‌ست
از سرخی خون شهریاری بوده‌ست
هر شاخ بنفشه کز زمین می‌روید
خالی‌ست که بر رخ نگاری بوده‌ست
大地の土の中のどの塵のひと粒も、
わたしとおまえの前には、王冠であり印章の玉だった。
愛しい人の頬の塵は、そっと払ってやれ――
その塵もまた、愛しい人の美しい頬だったのだから。
هر ذره که در خاک زمینی بوده‌ست
پیش از من و تو تاج و نگینی بوده‌ست
گرد از رخ نازنین به آزرم فشان
کآن هم رخ خوب نازنینی بوده‌ست
小川のほとりに生えたどの緑の葉も、
天使の気立ての人の唇から生えたかと思われる。
緑をさげすんで、その上に足を置くな――
その緑は、チューリップの頬の人の泥から生えたのだから。
هر سبزه که بر کنار جویی رسته‌ست
گویی ز لب فرشته‌خویی رسته‌ست
پا بر سر سبزه تا به خواری ننهی
کآن سبزه ز خاک لاله‌رویی رسته‌ست
ひと口の酒は、カーヴースの王国にまさる。
コバードの王座にも、トゥースの領土にもまさる。
夜明け前、無頼の徒が漏らすどのうめきも、
猫をかぶった修行者どもの勤行にまさる。
یک جرعهٔ می ز ملک کاووس به است
از تخت قباد و ملکت طوس به است
هر ناله که رندی به سحرگاه زند
از طاعت زاهدان سالوس به است
命が尽きるとき、甘いも苦いもあるものか。
升が満ちれば、バグダードバルフもあるものか。
酒を飲め――わたしとおまえの後も、月はいくたびも、
晦から朔へ、朔から晦へとめぐってゆくのだから。
چون عمر به سر رسد چه شیرین و چه تلخ
پیمانه چو پر شود چه بغداد و چه بلخ
می نوش که بعد از من و تو ماه بسی
از سَلخ به غٌرّه آید از غره به سلخ
学芸と教養を包む大海となった人々、
完成の集いで仲間たちの蝋燭となった人々――
彼らもこの暗い夜から、外への道は切り開けなかった。
物語をひとつ語って、眠りに戻っていった。
آنان که محیط فضل و آداب شدند
در جمع کمال شمع اصحاب شدند
ره زین شب تاریک نبردند برون
گفتند فسانه‌ای و در خواب شدند
因果の野へと駆り出されてきた者――
その者ぬきで、すべての事はもう片づけられていた。
今日、彼らはその者の前に口実をひとつ投げてよこす。
明日は、すべて彼らがあらかじめ拵えたとおりになる。
آن را که به صحرای علل تاخته‌اند
بی او همه کارها بپرداخته‌اند
امروز بهانه‌ای درانداخته‌اند
فردا همه آن بود که درساخته‌اند
古くなったあの者たちも、新しいこの者たちも、
めいめいの望みを追って、ひとしきり駆けてゆく。
この古びた世界は、誰のもとにも残りはしない――
彼らは去り、われらも行く。他の者が来て、また去ってゆく。
آن‌ها که کهن شدند و این‌ها که نوند
هر کس به مراد خویش یک تک به دوند
این کهنه‌جهان به کس نماند باقی
رفتند و رویم دیگر آیند و روند
大地と天輪と諸天を据えたあの方は、
悲しむ心に、なんと多くの焼き印を据えたことか。
紅玉のような唇を、麝香のような黒髪を、いくつも、
大地の太鼓に、土の小箱に納めていった。
آن‌کس که زمین و چرخ و افلاک نهاد
بس داغ که او بر دل غمناک نهاد
بسیار لب چو لعل و زلفین چو مشک
در طبل زمین و حقهٔ خاک نهاد
一人を連れてきては、もう一人をさらってゆく。
その秘密は、誰の前でも明かされない。
天命について見せてもらえるのは、ただこれだけ――
量られているのは、われらの命の升だということだ。
آرند یکی و دیگری بربایند
بر هیچ‌کسی راز همی‌نگشایند
ما را ز قضا جز این قدر ننمایند
پیمانهٔ عمر ماست می‌پیمایند
この高殿に住まう星々は、
賢者たちを惑わせる種となっている。
心せよ――理性の糸の端を見失うな。
かの司る者たちこそ、ぐるぐると回り迷うているのだから。
اجرام که ساکنان این ایوان‌اند
اسباب تردد خردمندان‌اند
هان تا سر رشتهٔ خرد گم نکنی
کآنان که مدبرند سرگردان‌اند
わたしが来たことに、めぐる天の得は何もなかった。
わたしが去っても、その栄えと誉れは増しはしない。
そしてこの両の耳は、誰からも聞いたことがない――
このわたしの来ること、去ることが、何のためだったのかを。
از آمدنم نبود گردون را سود
وز رفتن من جلال و جاهش نفزود
وز هیچ کسی نیز دو گوشم نشنود
کاین آمدن و رفتنم از بهر چه بود
苦しみに耐えることで、人は自由の身となる。
雫も、貝殻の牢に耐え抜けば、真珠となる。
財が残らぬなら、せめて頭は据わったままであれ――
升は、空になれば、ふたたび満ちたものとなる。
از رنج کشیدن آدمی حر گردد
قطره چو کشد حبس صدف در گردد
گر مال نماند سر بماناد به جای
پیمانه چو شد تهی دگر پر گردد
ああ、元手は手のひらからこぼれ出てしまった。
死の手にかかって、どれほどの胸が血に変わったことか。
あの世から帰ってきて、尋ねさせてくれる者はいない――
この世の旅人たちが、その後どうなったのかを。
افسوس که سرمایه ز کف بیرون شد
وز دست اجل بسی جگرها خون شد
کس نآمد از آن جهان که پرسم از وی
کاحوال مسافران دنیا چون شد
ああ、若さの巻物は畳まれてしまった。
命のあの瑞々しい春は、デイの月になってしまった。
喜びの鳥――その名は青春といった――は、
ああ、いつ来て、いつ去ったのかも、わからない。
افسوس که نامهٔ جوانی طی شد
و آن تازه بهار زندگانی دی شد
آن مرغ طرب که نام او بود شباب
افسوس ندانم که کی آمد کی شد
ああ、長い長いあいだ、われらは居らず、世はあるだろう。
われらの名も、跡形も、ないだろう。
これより前、われらは居らず、何の障りもなかった。
これより後、われらが居らずとも、同じことだろう。
ای بس که نباشیم و جهان خواهد بود
نی نام ز ما و نی‌ نشان خواهد بود
زین پیش نبودیم و نبد هیچ خلل
زین پس چو نباشیم همان خواهد بود
至福の道を駆けてゆくこの理性が、
日に百度も、おまえ自身に言って聞かせる――
「おまえの時のこの一息をつかめ。おまえは、
刈られてもまた生えてくる、あの青菜ではないのだ」と。
این عقل که در ره سعادت پوید
روزی صد بار خود تو را می‌گوید
دریاب تو این یک دم وقتت که نه‌ای
آن تره که بدروند و دیگر روید
命のこの隊商は、ふしぎなさまで過ぎてゆく。
喜びとともに過ぎてゆく一息を、つかめ。
酌人よ、なぜ呑む、仲間たちの明日の悲しみなど。
盃をこちらへ――夜が過ぎてゆく。
این قافلهٔ عمر عجب می‌گذرد
دریاب دمی که با طرب می‌گذرد
ساقی غم فردای حریفان چه خوری
پیش آر پیاله را که شب می‌گذرد
時の手で、わたしの背には曲がりが寄ってくる。
わたしの手がけることは、みなうまく出てこない。
魂が旅立ちの支度をした。「行くな」と言うと、
「どうしろというのか。家が崩れ落ちてくるのだ」と。
بر پشت من از زمانه تو می‌آید
وز من همه کار نانکو می‌آید
جان عزم رحیل کرد و گفتم بمرو
گفتا چه کنم خانه فرومی‌آید
天輪に打ち勝った者は、ひとりもいない。
人を喰らって、大地が飽いたためしもない。
まだ喰われていないことを、誇るのか。
急ぐな――おまえも喰われる。遅すぎはしない。
بر چرخ فلک هیچ کسی چیر نشد
وز خوردن آدمی زمین سیر نشد
مغرور بدانی که نخورده‌ست تو را
تعجیل مکن هم بخورد دیر نشد
おまえの目の前に、世界が飾り立てられようとも、
賢者たちが傾かぬ方へは、心を傾けるな。
おまえのような者が大勢去り、大勢やって来る――
おまえの取り分を奪い取れ。おまえが奪い取られる前に。
بر چشم تو عالم ارچه می‌آرایند
مگرای بدان که عاقلان نگرایند
بسیار چو تو روند و بسیار آیند
بربای نصیب خویش کت بربایند
天命の筆は、わたし抜きでわたしの上を走らされるのに、
その善し悪しを、なぜわたしのものと数えるのか。
昨日もわたし抜き、今日も昨日のごとくわたしとおまえ抜き――
明日、どんな申し立てで、わたしを裁き手の前へ呼ぶのか。
بر من قلم قضا چو بی من رانند
پس نیک و بدش ز من چرا می‌دانند
دی بی من و امروز چو دی بی من و تو
فردا به چه حجتم به داور خوانند
いつまで色と香りの虜でいるつもりか。
いつまで醜いもの美しいものを追いかけるのか。
たとえおまえがザムザムの泉でも、命の水でも、
最後には大地のふところへ沈んでゆくのだ。
تا چند اسیر رنگ و بو خواهی شد
چند از پی هر زشت و نکو خواهی شد
گر چشمهٔ زمزمی و گر آب حیات
آخر به دل خاک فروخواهی شد
カランダルの道を歩み抜かねば、ことは成らぬ。
おのれの頬を心の血で洗わねば、成らぬ。
何をくよくよと思い煮詰める――胸を焼かれた者たちのように、
心置きなく、おのれに別れを告げるまでは、成らぬ。
تا راه قلندری نپویی نشود
رخساره بخون دل نشویی نشود
سودا چه پزی تا که چو دلسوختگان
آزاد به ترک خود نگویی نشود
金星と月が空に現れて以来、
澄んだ酒にまさるものを、誰も見たことがない。
わたしは酒売りたちに驚くばかりだ――彼らは、
売っているものよりよい何を、買おうというのか。
تا زهره و مه در آسمان گشت پدید
بهتر ز می ناب کسی هیچ ندید
من در عجبم ز می‌فروشان کایشان
به زآن‌که فروشند چه خواهند خرید
日々の糧も寿命も、増やすことも減らすこともできぬ。
多い少ないで心を曇らせても、どうにもできぬ。
わたしとおまえの事を、わたしとおまえの思い描くかたちに、
おのれの手で、蝋から作り上げることもできぬ。
چون روزی و عمر بیش و کم نتوان کرد
دل را به کم و بیش دژم نتوان کرد
کار من و تو چنان‌که رای من و توست
از موم به دست خویش هم نتوان کرد
御力で頭と顔とを造りなす生ける御方こそ、
いつも敵の身過ぎまで整えてやっている当の御方だ。
人は言う、「瓶作りはムスリムではない」と。
では瓢箪を造る御方を、おまえは何と言うのか。
حیی که به قدرت سر و رو می‌سازد
همواره همو کار عدو می‌سازد
گویند قرابه‌گر مسلمان نبود
او را تو چه گویی که کدو می‌سازد
世が新しい薔薇の触れ声を立てるとき、
わが偶像よ、酒をほどよく注がせるよう言いつけよ。
フーリーも宮殿も、天国も地獄も、
気にかけずに座っていよ――みな、ただの触れ込みなのだ。
در دهر چو آواز گل تازه دهند
فرمای بتا که می به‌اندازه دهند
از حور و قصور و ز بهشت و دوزخ
فارغ بنشین که آن هر آوازه دهند
この世で、半切れのパンを持ち、
身を落ち着けるねぐらひとつを持つ者――
誰の召使いでもなく、誰の主人でもない者には、
言ってやれ、「楽しく生きよ。甘い世界を持っているのだ」と。
در دهر هر آن‌که نیم‌نانی دارد
از بهر نشست آشیانی دارد
نه خادم کس بود نه مخدوم کسی
گو شاد بزی که خوش‌جهانی دارد
天命という農夫は、われらのような者を数多く蒔き、刈り取ってきた。
悲しみをむなしく呑んだところで、得にはならぬ。
酒盃を酒で満たして、早くこの手のひらへ置け――
また飲むのだ。あるべきことは、みなもうあったのだから。
دهقان قضا بسی چو ما کشت و درود
غم خوردن بیهوده نمی‌دارد سود
پر کن قدح می به کفم درنه زود
تا باز خورم که بودنی‌ها همه بود
快い日だ――風は熱くもなく、冷たくもない。
雲が薔薇園の顔から塵を洗い流している。
鶯は、もの言わぬものの言葉で、黄色い薔薇に向かい、
叫びつづけている――「酒を飲まねばならぬ」と。
روزی‌ست خوش و هوا نه گرم است و نه سرد
ابر از رخ گلزار همی‌شوید گرد
بلبل به زبان حال خود با گل زرد
فریاد همی‌کند که می باید خورد
おまえの頭上に夜討ちが掛けられるその前に、
言いつけよ――薔薇色の酒を持って来させよ。
おまえは黄金ではないのだ、うかつな愚か者よ――
土に納めて、また掘り出してもらえるとでも思うのか。
زآن پیش که بر سرت شبیخون آرند
فرمای که تا بادهٔ گلگون آرند
تو زر نه‌ای ای غافل نادان که تو را
در خاک نهند و باز بیرون آرند
おまえの命は、いつまで己を拝んで過ぎてゆくのか。
非在と存在を追いかけて、いつまで過ぎてゆくのか。
酒を飲め――死神が後を追ってくる命なら、
眠りか酔いのうちに過ぎてゆくのが、まだしもよい。
عمرت تا کی به خودپرستی گذرد
یا در پی نیستی و هستی گذرد
می نوش که عمری که اجل در پی اوست
آن به که به خواب یا به مستی گذرد
死の秘密のもつれを、解いた者はいない。
円の外へ、一歩でも踏み出した者はいない。
わたしは見る、習いはじめの者から師匠まで――
母から生まれたすべての者の手にあるのは、無力ばかりだ。
کس مشکل اسرار اجل را نگشاد
کس یک قدم از دایره بیرون ننهاد
من می‌نگرم ز مبتدی تا استاد
عجز است به دست هرکه از مادر زاد
世への欲を削って、足るを知って生きよ。
時の善し悪しと結んだ絆を断ち切れ。
手のひらに酒を、愛しい人の巻き毛を取れ――じきに、
この幾日かも過ぎ去って、残りはしないのだから。
کم کن طمع از جهان و می‌زی خرسند
از نیک و بد زمانه بگسل پیوند
می در کف و زلف دلبری گیر که زود
هم بگذرد و نماند این روزی چند
わたしの悲しみと苦しみは長く続き、
おまえの安楽と喜びは頭を高く上げている――が、
どちらにも寄りかかるな。天輪のめぐりは、
帳のかげに、千とおりの遊びを隠し持っている。
گرچه غم و رنج من درازی دارد
عیش و طرب تو سرفرازی دارد
بر هر دو مکن تکیه که دوران فلک
در پرده هزار گونه بازی دارد
めぐる天は、大地からひとつの薔薇も咲き上らせない――
やがて折って、また大地へ預けることのないものは。
もし雲が、水を吸い上げるように土を吸い上げたなら、
集めの日まで、愛しい者たちの血の雨を降らせるだろう。
گردون ز زمین هیچ گلی برنارد
کش نشکند و هم به زمین نسپارد
گر ابر چو آب خاک را بردارد
تا حشر همه خون عزیزان بارد
おまえの生のひと呼吸が過ぎてゆくのなら、
喜びのうちでなくては、過ぎさせるな。
心せよ――この世の商いすべての元手は
命なのだ。過ごすそのままに、過ぎてゆく。
گر یک نفست ز زندگانی گذرد
مگذار که جز به شادمانی گذرد
هشدار که سرمایهٔ سودای جهان
عمر است چنان کش گذرانی گذرد
人は言う、「天国と、黒い瞳のフーリーがあるだろう。
そこには酒と乳と蜜があるだろう」と。
ならば、酒と恋人を選んだとて、何を恐れることがある。
事の果てが、まさにそのとおりになるというのなら。
گویند بهشت و حورعین خواهد بود
آنجا می و شیر و انگبین خواهد بود
گر ما می و معشوق گزیدیم چه باک
چون عاقبت کار چنین خواهد بود
人は言う、「天国とフーリーとカウサルがあり、
酒と乳の川、蜜と砂糖の川があるだろう」と。
酒盃を酒で満たして、この手に載せてくれ――
現金ひとつは、千の掛け売りより快いのだ。
گویند بهشت و حور و کوثر باشد
جوی می و شیر و شهد و شکر باشد
پر کن قدح باده و بر دستم نه
نقدی ز هزار نسیه خوش‌تر باشد
人は言う、「身を慎んだ者はみな、
死んだそのままの姿で、よみがえる」と。
だからわれらは、絶えず酒と恋人とともにいる――
集めの日にも、そのままに起こしてもらえるように。
گویند هر آن کسان که با پرهیزند
زآن‌سان که بمیرند چنان برخیزند
ما با می و معشوقه از آنیم مدام
باشد که به حشرمان چنان انگیزند
酒を飲め――心から、多いも少ないも運び去り、
七十二の宗派の思い煩いも運び去ってくれる。
この錬金の術を慎むな――そのひと口は、
飲めば、千の病を運び去ってくれるのだから。
می خور که ز دل کثرت و قلت ببرد
و اندیشه هفتاد و دو ملت ببرد
پرهیز مکن ز کیمیایی که از او
یک جرعه خوری هزار علت ببرد
賢者の心の内にある秘密は、
アンカよりも深く隠されていなくてはならぬ。
貝殻の内に隠れていればこそ、雫は真珠になる――
海の心の秘密である、あの雫は。
هر راز که اندر دل دانا باشد
باید که نهفته‌تر ز عنقا باشد
کاندر صدف از نهفتگی گردد در
آن قطره که راز دل دریا باشد
朝ごとに、チューリップの顔に露が宿り、
菫が野原で頭を垂れるとき、
正直のところ、わたしの心にかなうのは蕾だ――
おのれの裾を、きちんと掻き合わせているのだから。
هر صبح که روی لاله شبنم گیرد
بالای بنفشه در چمن خم گیرد
انصاف مرا ز غنچه خوش می‌آید
کاو دامن خویشتن فراهم گیرد
わたしの心が、学問から閉め出されたことは一度もない。
知られずに残った秘密は、ほとんどなかった。
七十二年、夜も昼も考えつづけて――
知れたのはただ、何ひとつ知れていないということだった。
هرگز دل من ز علم محروم نشد
کم ماند ز اسرار که معلوم نشد
هفتاد و دو سال فکر کردم شب و روز
معلومم شد که هیچ معلوم نشد
望みの種すら、麦打ち場に残る。
庭も屋敷も、おまえとわたしを欠いたまま残る。
おのれの銀も金も、ディルハム銀貨から大麦の一粒まで、
友と使ってしまえ――さもなくば、敵のもとに残る。
هم دانهٔ امید به خرمن ماند
هم باغ و سرای بی تو و من ماند
سیم و زر خویش از درمی تا به جوی
با دوست بخور گرنه به دشمن ماند
心の合う友らは、みな手の内から去ってしまった。
死神の足もとで、ひとりまたひとりと踏みしだかれた。
命の宴で、われらは同じひとつの酒を飲んだのに、
二巡り三巡り早く、彼らは酔いつぶれたのだ。
یاران موافق همه از دست شدند
در پای اجل یکان یکان پست شدند
خوردیم ز یک شراب در مجلس عمر
دوری دو سه پیشتر ز ما مست شدند
一杯の酒は、百の心と信仰に値する。
酒のひと口は、中国の国土に値する。
紅玉の酒のほか、地の面のどこにもない――
千の甘い命に値する苦いものなど。
یک جام شراب صد دل و دین ارزد
یک جرعهٔ می مملکت چین ارزد
جز بادهٔ لعل نیست در روی زمین
تلخی که هزار جان شیرین ارزد
一滴の水だった――海とひとつになった。
一粒の塵だった――大地とひとつになった。
この世界へのおまえの行き来とは、何なのか。
一匹の蠅が現れて――そして見えなくなった。
یک قطرهٔ آب بود با دریا شد
یک ذرهٔ خاک با زمین یکتا شد
آمدشدن تو اندر این عالم چیست
آمد مگسی پدید و ناپیدا شد
二日に一個のパンが手に入り、
欠けた壺から、ひと口の冷たい水が飲めるのなら、
なぜおのれに劣る者の言いつけを受けねばならぬのか。
なぜおのれと同じほどの者に、仕えねばならぬのか。
یک نان به دو روز اگر بود حاصل مرد
از کوزه شکسته‌ای دمی آبی سرد
مأمور کم از خودی چرا باید بود
یا خدمت چون خودی چرا باید کرد
あの紅玉を、飾りのない玻璃の器で持って来い。
すべての自由な魂の友であり相棒であるあれを、持って来い。
土の世界に与えられた時は、知ってのとおり、
すみやかに過ぎ去る風――だから、酒を持って来い。
آن لعل در آبگینهٔ ساده بیار
وآن محرم و مونس هر آزاده بیار
چون می‌دانی که مدت عالم خاک
باد است که زود بگذرد باده بیار
友よ、これから起こることに、なぜ気を揉むのか。
むなしい思案で、なぜ心と魂をすり減らすのか。
朗らかに生きて、世を喜びのうちに送ってゆけ――
事の初めに、おまえへの相談はなかったのだから。
از بودنی ای دوست چه داری تیمار
وز فکرت بیهوده دل و جان افکار
خرم بزی و جهان به شادی گذران
تدبیر نه با تو کرده‌اند اول کار
諸天は、悲しみのほかに何も加えてはくれない。
据えたものは、別のものを奪い去るためにしか据えない。
まだ来ていない者たちがもし知ったなら――われらが
この世から何を被っているかを――もう来ることはあるまい。
افلاک که جز غم نفزایند دگر
ننهند به جا تا نربایند دگر
ناآمدگان اگر بدانند که ما
از دهر چه می‌کشیم نایند دگر
心よ、この擦り切れた世の悲しみを呑むな。
おまえはむだに居るのではない。むだな悲しみを呑むな。
あったことは過ぎ、なかったことは見えてもいない――
楽しくあれ。あったこと、なかったことの悲しみを呑むな。
ای دل غم این جهان فرسوده مخور
بیهوده نه‌ای غمان بیهوده مخور
چون بوده گذشت و نیست نابوده پدید
خوش باش غم بوده و نابوده مخور
心よ、世の道具立てのすべてが手に入ったと思うてみよ。
おまえの喜びの庭が、緑に飾られたと思うてみよ。
そしてその緑の上に、露のように、おまえが
ひと晩だけ座って、朝には立ち去ったと思うてみよ。
ایدل همه اسباب جهان خواسته گیر
باغ طربت به سبزه آراسته گیر
و آنگاه بر آن سبزه شبی چون شبنم
بنشسته و بامداد برخاسته گیر
墓に住まうこの人々は、土になり、粉になった。
塵のひとつぶひとつぶが、互いに別れを告げ合った。
ああ、これは何という酒なのか――勘定の日まで、
我を忘れ、何ひとつ知らずにいられるとは。
این اهل قبور خاک گشتند و غبار
هر ذره ز هر ذره گرفتند کنار
آه این چه شراب است که تا روز شمار
بیخود شده و بی‌خبرند از همه کار
酒甕の口の煉瓦ひとつ、ジャムシードの王国より快い。
酒盃の香りは、マリアの食べ物より快い。
宿酔の胸から洩れる暁のため息ひとつ、
ブー・サイードアドハムの嘆きより快い。
خشت سر خم ز ملکت جم خوشتر
بوی قدح از غذای مریم خوشتر
آه سحری ز سینهٔ خماری
از نالهٔ بوسعید و ادهم خوشتر
底の知れない天の円環のうちに、
杯がひとつあって、巡りの順で皆に味わわされる。
おまえの巡りの番が来ても、ため息をつくな。
晴れやかな心で飲め――巡りであって、虐げではないのだから。
در دایره سپهر ناپیدا غور
جامی‌ست که جمله را چشانند بدور
نوبت چو به دور تو رسد آه مکن
می نوش به خوشدلی که دور است نه جور
昨日、市場で壺作りをひとり見かけた。
ひとかたまりの泥を、しきりに踏みつけていた。
するとその泥が、もの言わぬものの言葉で言っていた――
「わたしもおまえのようだった。やさしく扱っておくれ」と。
دی کوزه‌گری بدیدم اندر بازار
بر پاره گلی لگد همی زد بسیار
و آن گل بزبان حال با او می‌گفت
من همچو تو بوده‌ام مرا نیکودار
永遠の命であるあの酒を、飲め。
若さの喜びの元手である――飲め。
火のように燃やしはする。だが悲しみには、
命の水のように効く――飲め。
ز آن می که حیات جاودانیست بخور
سرمایه لذت جوانی است بخور
سوزنده چو آتش است لیکن غم را
سازنده چو آب زندگانی است بخور
酒を飲むなら、賢い者たちと飲め。
さもなくば、チューリップの頬で笑う偶像と飲め。
多くは飲むな。習いにするな。言いふらすな。
少しを飲め、ときおり飲め、人目を忍んで飲め。
گر باده خوری تو با خردمندان خور
یا با صنمی لاله رخی خندان خور
بسیار مخور ورد مکن فاش مساز
اندک خور و گه گاه خور و پنهان خور
暁の刻だ――起きよ、たぐいまれな少年よ。
水晶の大杯を、紅玉の酒で満たせ。
借り物のこの一息は、この滅びの片隅では――
どれほど探しても、二度と見つかりはしないのだ。
وقت سحر است خیز ای طرفه پسر
پر بادهٔ لعل کن بلورین ساغر
کاین یکدم عاریت در این کنج فنا
بسیار بجویی و نیابی دیگر
この長い道を行ってしまった者みなのうち、
帰ってきて、秘密を語ってくれる者がいるか。
ならばこの、欲と願いの分かれ道では、
何ひとつ思い残すな――おまえは帰っては来ない。
از جملهٔ رفتگان این راه دراز
باز آمده کیست تا به ما گوید راز
پس بر سر این دو راههٔ آز و نیاز
تا هیچ نمانی که نمی‌آیی باز
賢い長老よ、朝はもっと早めに起きよ。
土をふるうあの子どもを、よくよく見てやれ。
諭してやれ――「そっと、そっと、ふるうのだ。
コバードの脳髄と、パルヴィーズの眼なのだから」と。
ای پیر خردمند پگه‌تر برخیز
و آن کودک خاکبیز را بنگر تیز
پندش ده گو که نرم نرمک می‌بیز
مغز سر کیقباد و چشم پرویز
暁の刻だ――起きよ、艶めきの泉よ。
そっと、そっと、酒を飲み、竪琴を奏でよ。
いまここに居る者は、長くはとどまらず、
行ってしまった者は、ひとりも帰っては来ないのだから。
وقت سحر است خیز ای مایه ناز
نرمک نرمک باده خور و چنگ نواز
کانها که بجایند نپایند بسی
و آنها که شدند کس نمیاید باز
トゥースの城壁にとまる一羽の鳥を見た。
目の前に、カーヴースの髑髏を据えて、
髑髏に向かって言っていた――「哀れ、哀れ。
鈴の音の響きはどこへ。太鼓のうなりはどこへ」と。
مرغی دیدم نشسته بر باره طوس
در پیش نهاده کله کیکاووس
با کله همی گفت که افسوس افسوس
کو بانگ جرسها و کجا ناله کوس
ここに、理性が讃辞を惜しまない杯がある。
愛しさのあまり、その額に百度の口づけをする杯が。
それなのに「時」という壺作りは、これほど見事な杯を
作り上げては、ふたたび地面へ叩きつける。
جامی است که عقل آفرین میزندش
صد بوسه ز مهر بر جبین میزندش
این کوزه‌گر دهر چنین جام لطیف
می‌سازد و باز بر زمین میزندش
ハイヤームよ、酒に酔うているなら、楽しくあれ。
月の面ざしの人と座っているなら、楽しくあれ。
世の営みの果ては、無いということなのだから、
おのれは無いと思うてみよ――ある間は、楽しくあれ。
خیام اگر ز باده مستی خوش باش
با ماهرخی اگر نشستی خوش باش
چون عاقبت کار جهان نیستی است
انگار که نیستی چو هستی خوش باش
昨夜、壺作りの仕事場に入っていった。
二千の壺を見た――もの言う壺と、黙りこくる壺を。
ふいに、ひとつの壺が叫びを上げた――
「壺を作る者、壺を買う者、壺を売る者はどこにいる」と。
در کارگه کوزه‌گری رفتم دوش
دیدم دو هزار کوزه گویا و خموش
ناگاه یکی کوزه برآورد خروش
کو کوزه‌گر و کوزه‌خر و کوزه فروش
時の日々は、こんな者を恥じている――
日々を悲しんで、胸をすぼめて座りこむ者を。
玻璃の器で酒を飲め、竪琴の嘆きにあわせて――
その玻璃が、石に打ちつけられるその前に。
ایام زمانه از کسی دارد ننگ
کو در غم ایام نشیند دلتنگ
می خور تو در آبگینه با ناله چنگ
زان پیش که آبگینه آید بر سنگ
黒い泥のかたまりから、土星の頂きまで、
あらゆる普遍の難問を、わたしは解いてきた。
工夫をこらして、難しい結び目という結び目をほどいた――
すべての結び目がほどけた。死の結び目のほかは。
از جرم گل سیاه تا اوج زحل
کردم همه مشکلات کلی را حل
بگشادم بندهای مشکل به حیل
هر بند گشاده شد به جز بند اجل
薔薇を山と積んだより瑞々しい、糸杉の立ち姿の人とともに、
酒の杯を手放すな。薔薇の裾を放すな――
死の風が、出し抜けに吹きつけて、
われらの命の衣を、薔薇の衣にしてしまうその前に。
با سرو قدی تازه‌تر از خرمن گل
از دست منه جام می و دامن گل
زان پیش که ناگه شود از باد اجل
پیراهن عمر ما چو پیراهن گل
友よ、来い。明日の悲しみを呑まずにおこう。
この命の一息を、もうけものと数えよう。
明日、この滅びの僧院を通り過ぎたなら、
七千年の死者たちと、われらは肩を並べるのだから。
ای دوست بیا تا غمِ فردا نخوریم
وین یک دمِ عمر را غنیمت شمریم
فردا که ازین دیرِ فنا درگذریم
با هفت‌هزارسالگان سربه‌سریم
この天輪――その中で、われらは途方に暮れている。
その似姿を、われらは走馬灯と知る。
日輪を灯と思え。世界を走馬灯と思え。
われらは絵姿、その中をめぐりつつ、途方に暮れている。
این چرخ فلک که ما در او حیرانیم
فانوس خیال از او مثالی دانیم
خورشید چراغ دان و عالم فانوس
ما چون صوریم کاندر او حیرانیم
眠りから起きよ――酒の一杯を飲もう。
時代のねじれを呑まされる、その前に。
この喧嘩面の天輪は、ある日、出し抜けに、
水の一口を飲む間さえ、くれはしないのだから。
برخیز ز خواب تا شرابی بخوریم
زان پیش که از زمانه تابی بخوریم
کاین چرخ ستیزه روی ناگه روزی
چندان ندهد زمان که آبی بخوریم
立ち上がって、混じりけのない酒に心を定めよう。
おのれの頬を、棗の実の色に染めよう。
このお節介を稼業とする理性には――ひとつかみの酒を
顔に浴びせて、眠らせてしまおう。
برخیزم و عزم باده ناب کنم
رنگ رخ خود به رنگ عناب کنم
این عقل فضول پیشه را مشتی می
بر روی زنم چنانکه در خواب کنم
土の敷布の上に、眠る者たちを見る。
地の下に、隠された者たちを見る。
無の荒野を、見渡すかぎり見やれば、
まだ来ぬ者と、行ってしまった者を見る。
بر مفرش خاک خفتگان می‌بینم
در زیرزمین نهفتگان می‌بینم
چندانکه به صحرای عدم مینگرم
ناآمدگان و رفتگان می‌بینم
いつまで、日々の理性の囚われ人となるのか。
この世では、百年生きようと一日だろうと、同じことになる。
鉢に酒を注げ――やがてこのわれらが、
壺作りたちの仕事場で、壺となる、その前に。
تا چند اسیر عقل هر روزه شویم
در دهر چه صد ساله چه یکروزه شویم
در ده تو بکاسه می از آن پیش که ما
در کارگه کوزه‌گران کوزه شویم
この世のわれらの宿りは、永の住まいではないのだから、
酒と恋人を欠いて過ごすのは、途方もない過ちだ。
永遠か、創られたものかで、いつまで望み、いつまで怯える。
わたしが行けば、世界が創られたものでも永遠でも、同じことだ。
چون نیست مقام ما در این دهر مقیم
پس بی می و معشوق خطائیست عظیم
تا کی ز قدیم و محدث امیدم و بیم
چون من رفتم جهان چه محدث چه قدیم
太陽を泥で隠すことは、できぬ。
時代の秘密を語ることも、できぬ。
思案の海から、理性が引き上げてきたのは
一粒の真珠――怖れのあまり、穴を穿つことができぬ。
خورشید به گل نهفت می‌نتوانم
و اسرار زمانه گفت می‌نتوانم
از بحر تفکرم برآورد خرد
دری که ز بیم سفت می‌نتوانم
敵は誤って、わたしを哲学者と呼んだ。
神は知っておられる――わたしは彼の言うような者ではない。
だが、この悲しみの巣に来てしまったからには、
せめて、おのれが誰かを知るくらいは、許されてもよかろう。
دشمن به غلط گفت که من فلسفیم
ایزد داند که آنچه او گفت نیم
لیکن چو در این غم آشیان آمده‌ام
آخر کم از آنکه من بدانم که کیم
われらこそ、喜びの根にして、悲しみの鉱脈。
正義の元手にして、圧制の土台。
低きにして高きもの、完きにして欠けたもの――
錆の浮いた鏡にして、ジャムの杯なのだ。
مائیم که اصل شادی و کان غمیم
سرمایهٔ دادیم و نهاد ستمیم
پستیم و بلندیم و کمالیم و کمیم
آئینهٔ زنگ خورده و جام جمیم
手元が乏しいからとて、酒を飲まぬのではない。
醜聞と酔いを怖れて、飲まぬのでもない。
心を浮き立たせるために、わたしは飲んでいた。
おまえがこの心に座ったいま――もう飲まぬ。
من می نه ز بهر تنگدستی نخورم
یا از غم رسوایی و مستی نخورم
من می ز برای خوشدلی میخوردم
اکنون که تو بر دلم نشستی نخورم
混じりけのない酒なしに、生きることはかなわぬ。
酒なしに、身体の荷を曳くことはかなわぬ。
わたしはあの一息のしもべだ――酌人が言う、
「いま一杯を受けよ」と。そしてわたしは――もう、かなわぬ。
من بی می ناب زیستن نتوانم
بی باده کشید بارتن نتوانم
من بنده آن دمم که ساقی گوید
یک جام دگر بگیر و من نتوانم
幾度かに一度、ひとりの男が立ち上がる――「われだ」と。
財と、銀と金とを携えてやって来る――「われだ」と。
その小さな身代が、ようやく形をなしたある日、
死が伏せ所から躍り出る――「われだ」と。
هر یک چندی یکی برآید که منم
با نعمت و با سیم و زر آید که منم
چون کارک او نظام گیرد روزی
ناگه اجل از کمین برآید که منم
ひと頃は、子どもとして、師につく身となった。
ひと頃は、おのれが師であることを喜ぶ身となった。
話の結末を聞け――われらの身に何が起きたか。
土から出て来て、風に散る身となった。
یک چند به کودکی باستاد شدیم
یک چند به استادی خود شاد شدیم
پایان سخن شنو که ما را چه رسید
از خاک در آمدیم و بر باد شدیم
一日たりとも、この世の枷から自由ではない。
一息のあいだも、おのれの存在を喜べてはいない。
長いあいだ、時のもとで弟子をつとめてきたが、
世の業では、いまだに師ではないのだ。
یک روز ز بند عالم آزاد نیم
یک دمزدن از وجود خود شاد نیم
شاگردی روزگار کردم بسیار
در کار جهان هنوز استاد نیم
過ぎ去った昨日のことは、何ひとつ思い出すな。
まだ来ない明日のために、嘆きの声を上げるな。
来ぬものと過ぎたものの上に、礎を据えるな。
いまこのときを楽しくあれ――命を風に散らすな。
از دی که گذشت هیچ ازو یاد مکن
فردا که نیامده ست فریاد مکن
برنامده و گذشته بنیاد مکن
حالی خوش باش و عمر بر باد مکن
目よ、見えぬのでないのなら、墓を見よ。
騒乱と動乱に満ちた、この世界を見よ。
王も、長も、長の上に立つ者も、泥の下にいる――
月のような顔が、蟻の口の中にあるのを見よ。
ای دیده اگر کور نئی گور ببین
وین عالم پر فتنه و پر شور ببین
شاهان و سران و سروران زیر گلند
روهای چو مه در دهن مور ببین
立て。過ぎゆく世のために、悲しみを呑むな。
座って、その一息を、楽しみのうちに過ごせ。
世の性根に、もし誠実というものがあったなら、
順番は、他の者たちからおまえへは、回って来なかったろう。
برخیز و مخور غم جهان گذران
بنشین و دمی به شادمانی گذران
در طبع جهان اگر وفایی بودی
نوبت بتو خود نیامدی از دگران
この塩の荒れ地で、人が刈り取るものといえば、
魂をもぎ取られるその時まで、悲嘆を呑むことだけ。
ならば、この世を早く去った者の心は、幸いなもの。
そもそもこの世に来なかった者こそ、憩うている者だ。
چون حاصل آدمی در این شورستان
جز خوردن غصه نیست تا کندن جان
خرم دل آنکه زین جهان زود برفت
و آسوده کسی که خود نیامد به جهان
わたしは行った。この無道の宿に居続けたところで、
手に残るものは、風のほかにないのだから。
わたしの死を喜んでよいのは、
死の手から、おのれを解き放てる者だけだ。
رفتم که در این منزل بیداد بدن
در دست نخواهد به جز از باد بدن
آن را باید به مرگ من شاد بدن
کز دست اجل تواند آزاد بدن
大地の裸の背に座る、無頼の徒を見た。
不信心もなく、イスラームもなく、現世もなく、宗門もない。
神もなく、真理もなく、聖法もなく、確信もない――
二つの世界のどこに、これほどの胆力を持つ者があるか。
رندی دیدم نشسته بر خنگ زمین
نه کفر و نه اسلام و نه دنیا و نه دین
نه حق نه حقیقت نه شریعت نه یقین
اندر دو جهان کرا بود زهره این
禿鷹のように、一本の骨に甘んじているほうが、
卑しい者の食卓の、相伴に与るよりはましなこと。
おのれの大麦のパンとともにあるほうが、まことに、
そこらの下種のパールーデに塗れるよりは、ましなのだ。
قانع به یک استخوان چو کرکس بودن
به ز آن که طفیل خوان ناکس بودن
با نان جوین خویش حقا که به است
کالوده و پالوده هر خس بودن
ある者たちは、宗門の道を思案しながら行く。
ある者たちは、確信の道で、疑いに落ちている。
わたしが怖れるのは、いつの日か、声の上がることだ――
「何も知らぬ者たちよ、道はそれでも、これでもない」と。
قومی متفکرند اندر ره دین
قومی به گمان فتاده در راه یقین
میترسم از آن که بانگ آید روزی
کای بیخبران راه نه آنست و نه این
天にひとつの牛がいて、その名を昴という。
いまひとつの牛は、地の下に隠れている。
確信をもって、理性の目を開いて見るがいい――
二頭の牛の上と下に、ひとつかみの驢馬の群れを。
گاویست در آسمان و نامش پروین
یک گاو دگر نهفته در زیر زمین
چشم خردت باز کن از روی یقین
زیر و زبر دو گاو مشتی خر بین
神の手のように、天がこの手の内にあったなら、
わたしはこの天を、世のただなかから取り払ってしまうだろう。
そして一から、別の天を造り上げるだろう――
自由な人が、心の願いに、やすやすと届くような天を。
گر بر فلکم دست بدی چون یزدان
برداشتمی من این فلک را ز میان
از نو فلکی دگر چنان ساختمی
کازاده بکام دل رسیدی آسان
時代に調子を合わせて来た者の言葉を、聞くな。
華やぎとともに来た者と、澄んだ酒を求めよ。
ここへのぼって来た者は、ひとりまたひとりと行ってしまい、
帰って来た者のしるしは、誰も伝えてはくれぬ。
مشنو سخن از زمانه ساز آمدگان
می خواه مروق به طراز آمدگان
رفتند یکان یکان فراز آمدگان
کس می ندهد نشان ز بازآمدگان
酒を飲み、美しい人々のまわりをめぐっているほうが、
禁欲行者の欺瞞に身を励ますよりは、ましなこと。
恋する者と酔う者とが地獄行きだというのなら、
天国の顔を見る者など、ひとりもいなくなるだろう。
می خوردن و گرد نیکوان گردیدن
به زانکه بزرق زاهدی ورزیدن
گر عاشق و مست دوزخی خواهد بود
پس روی بهشت کس نخواهد دیدن
楽しんでいる心を、悲しみで擦り減らしてはならぬ。
おのれの良いひとときを、苦労の石に磨り潰させてもならぬ。
見えぬ先のこと、何が来るかなど、誰が知ろう。
要るのは酒と、恋人と、思いのままに憩うことだ。
نتوان دل شاد را به غم فرسودن
وقت خوش خود بسنگ محنت سودن
کس غیب چه داند که چه خواهد بودن
می باید و معشوق و به کام آسودن
天輪と肩を並べていた、あの宮殿――
その敷居に、王たちが額を伏せた宮殿。
その胸壁の上に、一羽の雉鳩がとまって、
しきりに鳴いているのを、われらは見た――「どこへ、どこへ、どこへ、どこへ」と。
آن قصر که با چرخ همیزد پهلو
بر درگه آن شهان نهادندی رو
دیدیم که بر کنگره‌اش فاخته‌ای
بنشسته همی گفت که کوکوکوکو
われらの来ること、行くことの、得たものはいずこ。
われらの命の望みの経糸に、緯のひと筋はいずこ。
世界のいとし子たちの、あれほどの頭と足が、
焼かれて土となってゆく――立ちのぼる煙はいずこ。
از آمدن و رفتن ما سودی کو
وز تار امید عمر ما پودی کو
چندین سروپای نازنینان جهان
می‌سوزد و خاک می‌شود دودی کو
わたしとおまえの身から、清らかな魂が去ったなら、
わたしとおまえの墓穴の上に、煉瓦が二つ置かれよう。
そしてそのうちに、他人の墓の煉瓦のために、
わたしとおまえの土が、型に押し込まれるのだ。
از تن چو برفت جان پاک من و تو
خشتی دو نهند بر مغاک من و تو
و آنگاه برای خشت گور دگران
در کالبدی کشند خاک من و تو
酒を飲め――天輪は、わたしとおまえを滅ぼそうと、
わたしとおまえの清らかな魂を、付け狙っているのだから。
緑の草の上に座って、冴えた酒を飲み干せ――
この草は、わたしとおまえの土から、幾度も萌え出るのだから。
می‌خور که فلک بهر هلاک من و تو
قصدی دارد بجان پاک من و تو
در سبزه نشین و می روشن میخور
کاین سبزه بسی دمد ز خاک من و تو
酒のほかのなにごとも、控えるのがまさる。
その酒も、天幕の偶像の手から受けるのがまさる。
酔いと、カランダルの道と、迷い道がまさる。
月から魚までのすべてより、一口の酒がまさる。
از هر چه بجز می است کوتاهی به
می هم ز کف بتان خرگاهی به
مستی و قلندری و گمراهی به
یک جرعه می ز ماه تا ماهی به
見よ――朝の風が、薔薇の裾を引き裂いた。
鶯は、薔薇の美しさに酔い痴れている。
薔薇の陰に座れ。この薔薇は、これから幾度も、
土に散りこぼれる――われらが土となったのちまでも。
بنگر ز صبا دامن گل چاک شده
بلبل ز جمال گل طربناک شده
در سایه گل نشین که بسیار این گل
در خاک فرو ریزد و ما خاک شده
いつまで悲しみを呑むのか――持っているか、否か。
この命を、楽しく過ごしおおせるか、否か。
酒盃を酒で満たせ――わたしには知れぬのだから、
いま吸い込むこの息を、吐き出せるか、否か。
تا کی غم آن خورم که دارم یا نه
وین عمر به خوشدلی گذارم یا نه
پرکن قدح باده که معلومم نیست
کاین دم که فرو برم برآرم یا نه
古い酒の一口は、新しい王国にまさる。
酒でないなにごとからも、抜け出る道がまさる。
手の内にあるなら、フェリドゥーンの王座に百倍して、
酒甕の口の煉瓦は、カイ・ホスローの領国にまさる。
یک جرعه می کهن ز ملکی نو به
وز هرچه نه می طریق بیرون شو به
در دست به از تخت فریدون صد بار
خشت سر خم ز ملک کیخسرو به
この世のうちから、食べる分と着る分とであれば、
それを求めて骨折ることも、許されよう。
残りのすべては、ただで貰うにも値しない――心せよ、
かけがえのない命を、それと引き換えに売り渡すな。
آن مایه ز دنیا که خوری یا پوشی
معذوری اگر در طلبش میکوشی
باقی همه رایگان نیرزد هشدار
تا عمر گرانبها بدان نفروشی
春の来たること、デイ月の去り行くことにつれて、
われらの存在の書の頁は、繰られて畳まれてゆく。
酒を飲め。悲しみを呑むな――賢者の言い切ったとおり、
「世の悲しみは毒にして、その解毒の薬は酒」なのだから。
از آمدن بهار و از رفتن دی
اوراق وجود ما همی گردد طی
می خور! مخور اندوه که فرمود حکیم
غمهای جهان چو زهر و تریاقش می
あるとき、壺作りから、壺をひとつ買った。
その壺が口をきいて、あらゆる秘密を語った――
「わたしは王だった。手にした杯は黄金だった。
それがいまでは、宿酔のたれかれの壺となった」と。
از کوزه‌گری کوزه خریدم باری
آن کوزه سخن گفت ز هر اسراری
شاهی بودم که جام زرینم بود
اکنون شده‌ام کوزه هر خماری
四つと七つの結び合わせから生まれた者よ、
七つと四つのために、絶えず熱に浮かされている者よ、
酒を飲め――千度を超えて、言って聞かせたはずだ。
帰り道はない。行ったなら、行ったきりなのだ。
ای آنکه نتیجهٔ چهار و هفتی
وز هفت و چهار دایم اندر تفتی
می خور که هزار بار بیشت گفتم
باز آمدنت نیست چو رفتی رفتی
心よ、おまえは謎の秘密には届かぬ。
怜悧な賢者たちの説く機微にも、届かぬ。
ここで、紅玉の酒で、おのれの天国をしつらえよ――
天国のあるというかなたには、届くか、届かぬか、知れぬのだから。
ایدل تو به اسرار معما نرسی
در نکته زیرکان دانا نرسی
اینجا به می لعل بهشتی می ساز
کانجا که بهشت است رسی یا نرسی
友よ、まことの言葉をひとつ、わたしから聞け。
紅玉の酒と、銀の肌の人とともにあれ。
世界を造られたお方は、おまえのような口髭にも、
わたしのような顎鬚にも、心を煩わせてはおられぬ。
ای دوست حقیقت شنواز من سخنی
با باده لعل باش و با سیم تنی
کانکس که جهان کرد فراغت دارد
از سبلت چون تویی و ریش چو منی
ああ、どこかに、憩うための場所があったなら。
この遠い道に、行き着く果てがあったなら。
十万年ののち、土の心臓から、
草のように、望みの萌え出ることがあったなら。
ای کاش که جای آرمیدن بودی
یا این ره دور را رسیدن بودی
کاش از پی صد هزار سال از دل خاک
چون سبزه امید بر دمیدن بودی
昨夜、カーシャーンの釉の瓶を、石に打ちつけた。
ひどく酔っていて、あんな放埒をしでかしたのだ。
瓶は、もの言わぬものの言葉で、わたしに言っていた――
「わたしもおまえのようだった。おまえも、わたしのようになる」と。
بر سنگ زدم دوش سبوی کاشی
سرمست بدم که کردم این عیاشی
با من به زبان حال می‌گفت سبو
من چون تو بدم تو نیز چون من باشی
望みの枝に、ひとつでも実を見つけていたなら、
おのれのもつれた糸の、端も見つかっていたろうに。
存在という牢獄の狭間は、いつまで続くのか。
ああ、無へ通じる扉が、ひとつ見つかったなら。
بر شاخ امید اگر بری یافتمی
هم رشته خویش را سری یافتمی
تا چند ز تنگنای زندان وجود
ای کاش سوی عدم دری یافتمی
盃と瓶とを取り上げよ、心慰める人よ。
畑と小川のほとりに、気ままに座っていよう。
あの性悪の天輪は、どれほどのいとしい身体を、
百度は盃にし、百度は瓶にしてきたことか。
بر گیر پیاله و سبو ای دلجوی
فارغ بنشین بکشتزار و لب جوی
بس شخص عزیز را که چرخ بدخوی
صد بار پیاله کرد و صد بار سبوی
酒売りの家で、ひとりの老人を見た。
「行ってしまった者たちの便りはないか」と訊ねると、
老人は言った――「酒を飲め。われらのような者は、数知れず
行ったきりで、便りはただの一度も戻って来ぬ」と。
پیری دیدم به خانهٔ خماری
گفتم نکنی ز رفتگان اخباری
گفتا می خور که همچو ما بسیاری
رفتند و خبر باز نیامد باری
五つと四つの談義を、いつまで続けるのか、酌人よ。
謎はひとつでも十万でも、難しさは同じこと、酌人よ。
われらはみな土だ――竪琴を掻き鳴らせ、酌人よ。
われらはみな風だ――酒を持って来い、酌人よ。
تا چند حدیث پنج و چار ای ساقی
مشکل چه یکی چه صد هزار ای ساقی
خاکیم همه چنگ بساز ای ساقی
بادیم همه باده بیار ای ساقی
どちらへ向かって、どれほど遠くを眺めやっても、
園のなかを、カウサルの流れがひと筋ずつ走っている。
野は天国そのものだ――カウサルの話は控えて、
天国の顔をした人とともに、その天国に座っていよ。
چندان که نگاه می‌کنم هر سویی
در باغ روان است ز کوثر جویی
صحرا چو بهشت است ز کوثر کم گوی
بنشین به بهشت با بهشتی رویی
楽しくあれ――おまえの一件は煮詰めおえられた――昨日に。
おまえの望みには、けりがつけられた――昨日に。
何を語ろう。ほかならぬおまえの求めに応じて――昨日に――
おまえの明日の取り決めは、定められたのだ――昨日に。
خوش باش که پخته‌اند سودای تو دی
فارغ شده‌اند از تمنای تو دی
قصه چه کنم که به تقاضای تو دی
دادند قرار کار فردای تو دی
壺作りの仕事場で、わたしは思いをめぐらせた。
轆轤の足もとに、立ち働く親方を見た。
親方は臆する色もなく、壺の取っ手と頭とを作っていた――
王の頭蓋から、そして物乞いの手から。
در کارگه کوزه‌گری کردم رای
در پایه چرخ دیدم استاد بپای
میکرد دلیر کوزه را دسته و سر
از کله پادشاه و از دست گدای
天輪が、わたしの心の耳もとで、ひそかに言った――
「運命の下した裁きを、わたしから出たと思うのか。
おのれのめぐりに、この手が届くものなら、
おのれの惑いのめぐりから、とうに抜け出していたものを」と。
در گوش دلم گفت فلک پنهانی
حکمی که قضا بود ز من میدانی
در گردش خویش اگر مرا دست بدی
خود را برهاندمی ز سرگردانی
害というもののない、あの酒の壺から、
酒盃を満たして飲み、いま一杯をわたしにくれ。
いとしい偶像の人よ――いつかの日、道のほとりで、
壺作りが、わたしとおまえの土で壺を作る、その前に。
زان کوزهٔ می که نیست در وی ضرری
پر کن قدحی بخور بمن ده دگری
زان پیشتر ای صنم که در رهگذری
خاک من و تو کوزه‌کند کوزه‌گری
来ることがおのれの意のままなら、わたしは来なかったろう。
行くこともまた意のままなら、どうして行くものか。
何にもまして良かったのは、この荒れ果てた僧院に、
来もせず、行きもせず、在りもしなかったことだ。
گر آمدنم بخود بدی نامدمی
ور نیز شدن بمن بدی کی شدمی
به زان نبدی که اندر این دیر خراب
نه آمدمی نه شدمی نه بدمی
小麦の核から、パンがひとつ、手に入るなら。
酒が二マンと、羊の腿肉がひとつあるなら。
チューリップの頬の人と、園の片隅にいられるなら――
それは、そこらの王者の手の届かぬ宴というものだ。
گر دست دهد ز مغز گندم نانی
وز می دو منی ز گوسفندی رانی
با لاله رخی و گوشه بستانی
عیشی بود آن نه حد هر سلطانی
天輪の仕事が、正義で量り出されているのなら、
天輪の取り計らいは、すべて誉められていたはずだ。
めぐる天の采配に、正義というものがあったなら、
徳ある人々の心が、いつ傷つけられたりしたろうか。
گر کار فلک به عدل سنجیده بدی
احوال فلک جمله پسندیده بدی
ور عدل بدی بکارها در گردون
کی خاطر اهل فضل رنجیده بدی
おい、壺作り。手を止めよ――酔ってはいないのなら。
人の泥を、いつまで貶めるつもりだ。
フェリドゥーンの指と、カイ・ホスローの掌とを、
轆轤の上に載せている――おのれが何をしていると思うのか。
هان کوزه‌گرا بپای اگر هشیاری
تا چند کنی بر گل مردم خواری
انگشت فریدون و کف کیخسرو
بر چرخ نهاده‌ای چه می‌پنداری
暁の酒の刻だ、足どりも幸いな偶像の人よ。
歌をひとつ作って、酒を運んで来い。
十万のジャムとカイの輩を、土に打ち伏せてきたのだから――
このティール月の来たること、デイ月の去り行くことが。
هنگام صبوح ای صنم فرخ پی
برساز ترانه‌ای و پیش‌آور می
کافکند بخاک صد هزاران جم و کی
این آمدن تیرمه و رفتن دی

この一節を引用

ルバイヤート

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